手羽作文

東京在住の手羽先くんが、反省を込めて書くブログ

中国人のカラオケ大会に、日本人が1人で参加して分かった7つのこと

仕事で中国人の方と知り合う機会があり、ちょうど私も中国語の勉強中だったので、中国語の歌を覚えたりとかしていたら、「今度カラオケでも行きましょう」となった。

 なるほど、その中国人の方(以下、Aさん)はカラオケが大好きなようである。私はその時点で、中国の歌は覚えた1曲しか歌えなかったし、中国語はほとんど喋れなかったのだが、Aさんは日本語がペラペラなので、何とかなるだろうと思い、Aさんと、共通の知人の中国人(Bさん)を誘って、カラオケに行くことにした。

そもそも「カラオケに行く」という目的で人と集まるというのは何年ぶりだろうか。日本人は大体、2次会か何かで、なし崩し的にカラオケに行くイメージだが、中国人は「カラオケ」がメインなのが普通なのかもしれない。もしくはAさんが極端なカラオケ好きかのどっちかだ。

そして当日、私が待ち合わせのカラオケ店に行くと、Aさんは既に到着して1人で待っていた。Bさんはやや遅れてくるという。

案内された部屋に行くと、やや広めである。3人でこれは広いね、とAさんに言うと、Aさんはサラッと

「このあと、私の会社の元同僚と元上司と学生時代のゼミの友達と、Bさんの友達以上恋人未満の人が来ます」

と言った。

 私は驚愕した。初対面の4人の中国人がいつの間にか参戦決定していたのである。

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 私は決してコミュニケーション能力の高いタイプではない。日本人ですら初対面は緊張する。ましてや中国人ならなおさらだ。しかもカラオケである。いまだかつてない事態に私の不安は膨らむばかりだったが、Aさんは「みんな日本語ペラペラだから大丈夫ですよ〜」と言っていた。この時に分かったことは、

①中国人は大勢で集まるのが好きだ

ということだ。私は日本人の中でも特に大人数を嫌うタイプだが、逆に中国人は、何かの会合には人がたくさんいないと不安になるらしい。そこで今回もAさんは当然のように、知り合いにどんどん声をかけたのである。その際の補足としては、

②集まる人間に共通項は必要ない

ということである。今回集められた4人のうち2人は元同僚だが、残りの2人は私と同じく、Aさん以外知り合いのいない状態での参加らしい。特に「Bさんの友達以上恋人未満の人」に関しては、もはや「2人で会って早く関係を進展させた方がいいんじゃない?」と、余計なことが気になってしまうレベルで遠い間柄である。しかも、普通の飲み会と違ってカラオケは会話に適していないのだ。初対面同士がいきなりカラオケに放り込まれて仲良くなるのは相当難しいはずだ。そんな私の不安をよそに、続々と集まってくる中国人メンバー。彼らも、見知らぬ私がいても、初対面の中国人がいても、動じることなく自己紹介もそこそこにカラオケ大会に参加していく。

慣れているのである。

案の定、常に誰かが歌っているので会話をするわけでもなく、お互いの理解が深まることはないのだが、そういう状況に彼らは慣れているのだ。日本人のように必死で仲良くなろうとすることはない。13億人いる余裕だろうか。このカラオケのみの関係で終わってもそれまでよ、と思っているのかもしれない。千利休の言った「一期一会」とは、このカラオケにこそふさわしい言葉なのかもしれない。そんなことを私がぼーっと考えていたのはなぜかというと、

 ③中国人は集まれば中国語で会話するし、中国語の歌を歌う

からである。当たり前だった。あまりにも当たり前なのだが、私はほとんど中国語が喋れないため、彼らが歌っている歌の意味や、盛り上がりが全く理解できない。「みんな日本語ペラペラだから大丈夫ですよ〜」と言っていたAさんですら、中国語の歌でガンガン盛り上がっている。たまに「これはこういう歌なんですよ」と教えてくれるが、かといって同時通訳をするわけにもいかない。

もちろんそれでいい。普段みんな、慣れない日本で暮らし、日本語で仕事しているのだから、せめてこういう時は母国語で盛り上がったらいいじゃないか。気を使うなんてもってのほかである。しかし、そうなってくると出てくるのが、私はなぜここにいるのかという問題である。

中国語の歌を聴きながら、私はギリシャの哲学者ばりに、「私はなぜここにいて、どこへ向かっているのか」を考えざるを得なかった。というか、そんな考え事でもしないと、疎外感のあまり死んでしまいそうだったのである。

疎外死。あえて呼ぶなら死因はそうなるだろう。私は、カラオケボックスにいながら、己の語学が堪能でないことを嘆きつつ、こう思った。

「中国が攻めて来たら、やっぱり日本は滅ぶな…」

 

④秩序は存在しない

これは有名かもしれないが、 中国人のカラオケには、「歌う順番」という概念は存在しない。誰もが歌いたい歌を好きなタイミングで入れて良いことになっている。その結果、当然一人で連続して歌う人が現れるのだが、それを阻止するために、皆、必死で「割り込み予約」を連発するのだ。その結果、後ろの方の曲は永遠に回ってこない。つまり、弱肉強食なのである。日本のように、全員が平等に楽しめるような配慮は全く無く、「歌いたかったら割り込め」という精神なのだ。どちらが良いと言う話ではなく、これはこれで、単純明快なルールである。私はそれを見ながら、やはりこう思った。

「中国が攻めて来たら、やっぱり日本は滅ぶな…」

⑤飽きたらスマホ

④と似ているが、自分が歌っていない時、知らない曲の時は、スマホをいじることが認められている。日本人は、一緒にカラオケに行った以上、誰かの聞きたくもない歌を手拍子で聞くイメージがあるが、そういうことは一切ない。というか、あまり他人のことを気にしていない。スマホをいじる方も、歌っている方も、お互いのことなど、ほとんど気にしていないのだ。ある意味さっぱりした関係。うらやましくすらある。ではなぜそもそも大人数なのか、そこが分からないが、「とりあえず大人数」は中国人に刻まれたDNAなのだ。

⑥女の方が強い

これはもはや万国共通かもしれないが、やはり女性の参加者が、終始カラオケの主導権を握っていた。何なら、男性中国人は比較的静かだったようなイメージすらある。たまに気を使って、日本語の歌を入れてくれたりしたのも男性だ。女性が元気な国はいい国、ということにしておきつつ、私とテーブルを挟んで向かいに座っていた男性とは、ほとんど会話がなかったものの、女性陣が大盛上がりしている間、目だけでちょっと分かり合えたような気がする。

⑦酒は飲まない

驚くべきことに、全員素面だった。これは中国人全般に当てはまるのかどうかは分からないが、全員がナチュラルハイで、3時間のカラオケ大会を乗り切ったのである。逆に食事はガッツリ食べる。1次会からカラオケなのだから食事は当たり前なのだが、まさか酒を飲まないとは思わなかった。日本人なら、素面でカラオケは、やはり相当親密な間柄でないとやりづらいものである。

そして終了…

ノンストップで盛り上がる中国人たちを呆然と眺めながら、「もしかして、これ永遠に続くのかも」と思ったのだが、3時間で会はお開きになった。2時間半あたりから、もはや「どうにでもなれ」という気持ちになり、ブリーフ&トランクスの「石焼き芋」を歌ったら、予想以上にウケてくれた。ただし、ウケたのは1番だけで、2番以降は皆スマホをいじっていた。すぐに飽きるのも中国人の特徴である。自分たちの歌も、あまりフルで歌うことはない。

いずれにせよ、良い経験になったことは言うまでもないが、やはり、中国語が喋れないのに参加してはいけなかった。一つ国際的に成長したな…と思いつつ、私は疲れた体を引きずって家に帰ったのであった。