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手羽作文

東京在住の手羽先くんが、反省を込めて書くブログ

司馬遼太郎『歳月』感想 〜世の中は「感情」で回ってる〜

司馬遼太郎の『歳月』を読んだ。

半年ぐらい前から、司馬遼太郎の本をずっと読んでいて、

主に電車移動のときや、食事中などに読むことにしていたのだが、

次第にエスカレートし、全然暇じゃなくても、

何だかついつい読んでしまうようになった。困っている。

何が困っているって、サボっているのにサボっている感じがない点だ。

大抵サボっているときは、ゲームしたり、ゴロゴロしたりすれば、

罪悪感もあってやがて仕事に戻れるのだが、

司馬遼太郎の本は、半分歴史の資料を読んでいるみたいなので、

なんだか有意義に過ごしたような気になってしまい、結果として、

読後の休憩などが必要になったりして本末転倒なのだ。

 

大体、司馬遼太郎はずるい。

史実と、想像の混ぜ方が巧みすぎて、読んでいると次第に全て史実のように思えてくる。でもよく考えると、どう考えても、司馬さんの創作というか、想像で書いている場所があるので、そこは小説なのだが、読んでいると全く分からなくなるのである。

 

夜更け過ぎに雪が降り出した。

冬だというのに行灯に蛾が止まっている。太郎左衛門は苦笑し、

ー今の自分はこの蛾のように季節外れだ

と思った。

そのとき既に、宿の周りを刺客たちが取り囲んでいた。

 

 

というような文章が小説の中にあったとすると、(実際は私が今作った謎の駄文だが)

蛾の件はどう考えても創作だが、多分、天候と、刺客の部分は資料に基づいているのだろう。この境目の無さが、もうズルい、と思う次第である。「歴史小説ってそんなもんだろ」と言われたら確かにそうなのだが…。

 

とはいえ、「歳月」の話である。せっかく読んだのだから、忘れる前に感想をここに書いておかねば、と思い立ったので書く。とはいえ、ろくな感想があるわけでもない。何だろう。

主人公は江藤新平という人で、幕末、佐賀の貧しい家に生まれ、しかも、大政奉還までは何もしていなかった(できなかった)にもかかわらず、その後、ギリギリの所で新政府に食い込み、才能だけで法務大臣になった人である。近代日本の法律を何だかけっこう作ったらしい。しかも、その道の天才だったとはいえ、5~6年くらいで、佐賀の貧乏武士から、一気に大臣にまでのし上がったのだから、すごい時代だったんだなあ、としみじみ思う。

 

この小説の大きなテーマに、明治初期の藩閥政治というのがあって、当時は政府の要人は皆、薩長土肥の出身者だったという。どうしてもそういう話を聞くと、なんだか日本が小さいもののように思われるというか、たった4つの県からかき集めた人材で、実は日本は作られてたんだというのが不思議な気持ちである。今、そういった藩閥はほとんど無く、日本全国から優秀な人材は出てくることができるが、(しかも政治家たちは、当時よりずっと高齢で経験豊富である)それでも別に日本が上手く回っている実感というのもあまりない。つくづく世の中というのは、不思議な気がする。人の一生において、時代というのは本当に大きな要素なのだ。

 

もう1つ、江戸時代は、それぞれの藩が、今で言う国と同じくらい独立していて、言葉も違うし気風も違う、という前提が、やはり今の日本とは全然違うというのがよくわかる。今の感覚で考えると、すごく小さい区切りで、イマイチ実感がわかないが、昔は、藩が今で言う国で、日本全国が世界全体、というような捉え方だったのだ。それぞれの藩に得意分野があり、制度も違えば、人々の性格も違った。この、島国ならではのガラパゴス的な形が、日本史を面白くしている要因だろう。逆に、今となっては、何もかも東京に集中しているのも、ちょっと残念な気がする。

 

司馬遼太郎の小説の主人公たちは、優秀でありながら、致命的な欠陥を持っている人が多い。石田三成もそうだし、源義経もそうで、江藤新平も、それに漏れず欠陥があり、そういう人の方がドラマになりやすいんだろう。

 

江藤新平に関しては、自分に自信を持って強気に出ようとするあまり、ポジティブ思考になりすぎて、いろんなものを見失ったという印象を持った。秀才で、法整備では唯一無二の手腕を発揮したが、それゆえにプライドが高く、専門外の軍事や政治に手を出し、敗北した。

 

特に、司馬小説では、人間の感情に敗れる人が多いが、今回もそのパターン。いつも教えられる、「人の世の半分以上は『感情』で回っているということ」。「理屈」「利害」も重要ながら、『感情』を大切にしないと、必ず足元をすくわれるということ。

 

今回も、そんな感じがした。

そして相変わらず気になるのが、大久保利通。隙がない。強い。まさにラスボスの感あり。

 

でも、そういう人は隙が無さ過ぎて、小説にはしづらいんだろう。あと人気もあまり無いらしい。

そういうところも、しみじみ面白い。