手羽作文

東京在住の手羽先くんが、反省を込めて書くブログ

清水富美加を「無責任だ」と言って批判する人は何も分かってない

清水富美加の引退報道が世間を賑わせている。突然「幸福の科学」に出家するので芸能界を引退すると宣言したのだ。まだスポンサー契約や、出演作の映画の宣伝期間などが終了していなかったということで、ネット上には「無責任だ」「なぜ仕事が残っているのに辞めたのか」という声が多く上がっている。

確かに、彼女を起用していたスポンサーや、映画スタッフは、大きな迷惑を被っただろう。その結果、彼女が逃げ込んだ先が「幸福の科学」という新興宗教だったことも、なんだかきな臭いといえば、きな臭い。「本当に精神的に限界だったのか?」とか、疑い出せばキリがない。

 

しかし、元ブラック企業の社員で、そこから逃げ出したことのある私から言わせれば、「無責任だ」と批判する人は何もわかっていない。

この間、電通の若い社員が自殺したことで、大きな問題になったが、その時に「自殺するぐらいなら逃げ出せばよかったのに…」と言った人が大勢いた。

それを今回清水富美加は実践しただけである。

それなのに、なぜ批判するのか?

誰かが自殺した後に「自分より大切なものは無いんだから逃げればよかった」と言っておきながら、いざ自殺前にそれを実践した人間が現れると、「無責任だ」と言って批判するのは、余りにも矛盾している。

 

そして、最も恐ろしいのは、このように自分の正義を振りかざす人は、自分が矛盾しているということに全く気付いていなさそうに見えることだ。

 

実際に清水富美加が自殺直前だったのか、精神状態がどれほどのものだったのか、それは分からない。しかし、それは本人以外誰にも分からないのだ。

重要なのは、その選択をした本人を、第三者が自分の価値観であーだこーだ言わないことだ。もちろん、迷惑をかけられた人たちは事務所に対して怒る権利はあるだろう。違約金も発生するのかもしれない。事務所だって清水富美加ときちんと話し合う必要があるだろう。

しかし、それだけだ。

 

そもそも、仕事が途切れないからブラックなのだ。ルール違反でもしないと辞められないからブラックなのだ。追い詰められた彼女に、「逃げてもいいんだよ」と言ってあげられたのが「幸福の科学」だけだったのではないか。私は「幸福の科学」を、胡散臭い宗教だと思っているので、それはちょっと悲しいと思う。

 

さらに言えば、最も危惧するのは、清水富美加がこのように叩かれているのを見て、出しかけた辞表を引っ込めてしまったブラック企業の社員が、日本のどこかにいるのではないか、ということだ。

本当に恐ろしいことだ。辞表を出す権利はいつだってある。たとえプロジェクトの途中でも、仕事が山積みでも、上司が怖くても、そこから逃げ出す権利は誰にだってあるのだ。

 あまりこんな時事のことは書きたくないのだが、今回はつい書いてしまった。

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