手羽作文

備忘録と反省文を兼ねて書くブログ

スカイダイビングに行った話

2020年の3月、人生初のスカイダイビングに行った時の話だ。
その1ヶ月半ほど前、仕事、仕事に明け暮れる日々に辟易とし、どんどん猫背になっていく私を見たバイトの大学生のKくんが、私にこんな本を貸してくれたのだった。

https://www.amazon.co.jp/dp/B07M894P9Z/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

かつて仕事に明け暮れていたサイバーの藤田社長が、遊び大好きなヒロミのコーディネートで船とかキャンプとかの「遊び方」を覚え、さらに飛躍していったということが書かれている。読みやすい本だ。なるほど、私の人生には遊びが足りないのか。しかも、カラオケとかボウリングとか、そういう街中の娯楽ではなく、移動を伴う大規模な大人の遊びだ。

そこで私はスカイダイビングに行くことにした。
別に何か特別な理由はないが、前々から「一生に一度はやったほうがいいんじゃないか」と思っていたのだ。どこか鳥に憧れる気持でもあったのだろうか、あの落ちていく感じがすごい気持ちがいいんじゃないかという気がしていた。アニメ映画の「千と千尋の神隠し」や「天気の子」でも、空から落ちていくシーンはとても綺麗で、ドラマチックなのである。

さらに、大げさな話だが、脚本などを書いていて、「生きる」ということについて考えることも多い。だが、「生」について考えるということは「死」について考えることでもある。ところが、「死」というものは(有難いことに)あまり身近ではなかったりするので、スカイダイビングをすることで、そういった感覚に近づけるのではないかと思ったのである。折しもその頃、100日目でワニが死んでしまった。そんなこともあり、タイムリーな感じでスカイダイビングを予約したのである。

上空3800mから飛び降りれる場所が、埼玉にあるという。ノリのいいKくんもついて来てくれることになった。当日、私たちは春の訪れを感じさせる埼玉の野原にやってきた。風はやや強いが、晴れのち曇りという、それなりに良い天候である。受付で「死んだり怪我しても文句言わない」という趣旨の誓約書にサインすると、いよいよダイビングの順番が回ってくる。レンタルされる靴と、専用のつなぎに着替え、ハーネス的なものを取り付けられていく。

うららかな春の日のスカイダイビング場

ちなみに、当然我々には1人ずつトレーナー的な人がついていて、その人と一緒にダイビングするのだが、彼らは「タンデムマスター」と呼ばれている。マスターという名前がやたら頼もしい。他にマスターといえば「ジェダイマスター」と「ポケモンマスター」しか思い浮かばない。タンデムマスターに話を聞いてみると、元々はサラリーマンだったが、スカイダイビングの魅力に取り憑かれ、脱サラしてタンデムマスターになった人が多いという。実はライセンスを取る場所が国内は無く、海外に行って取らなければならないというプチ情報もゲットした。
やたら質問をする私にタンデムマスターが「もしかしてタンデムマスターになりたいんですか?」と聞いてきたので、「いや、別になりたくないです」とも言えず、「あ、まあ、今日やってみて楽しかったらもしかしたら…」などとお茶を濁す

我々のような一般客の他にも、大学教授をしながら趣味でスカイダイビングをやっているという人もいた。(この人は我々と違い、1人で飛ぶようだ)やはり藤田社長の言うとおり、一流の人間は遊びも一流なんだなあ。大学教授を見て確認する私だ。

事前にダイビング中の注意点のレクチャーを受けた。

アゴは上げて下を見ない

・落ちてる時は両手を広げ、身体はエビ反り

・着地の時は地面にぶつけないよう足を抱えて上にあげる

ちなみに、私が申し込んだプランはタンデムマスターが腕時計のような小さなカメラで色々と撮ってくれる、というもので、オプション料金がかかるのだが、せっかくの体験を記録してみたかったので申し込んだ。私についてくれたマスターはいい人なのだが、比較的ぶっきらぼうな人で、出発前に突然私にカメラを向け、「何か一言」と問いかけてきた。

「何か一言」はインタビューの際できるだけ避けるべき質問だが、彼にディレクターとしての実力を求めるのは間違っている。ざっくりした質問にテンパった私は「着地の時は足を上げるのを忘れないようにしたいです」と答え、タンデムマスターは「はい」と言ってカメラをOFFにした。

非常につまらない事前VTRが収録されてしまった!

こんな感じでみんな降りてくる

そんなこんなでついに離陸である。今回乗るセスナはMAX19人乗りで、椅子はなく、皆、体育座りで乗り込む。既にタンデムマスターとガチガチに連結されている。離陸直前にパイロットが乗客全員に「上空のコンディションがあんまり良くないので、MAXまでは上がりません。嫌なら降りてください」と告げた。「上空のコンディション悪いんだ…」という不安と、「このタイミングで降りるなんて言えねえよ」というツッコミが脳裏をよぎる。(多分、我々タンデム班ではなく、教授とかに言ってるんだと思うけど)
そしてセスナは離陸した。
MAXではないとはいえ、3000mはゆうに超えている、もう十分だ。高すぎる。上空に来て初めて、この高さから落ちるのはめっちゃ怖いということに気がついた。ところがもう途中下車は許されない。というより、下車するしかないのである。実は私が乗り込んだのはタンデム班の中で最後だったため、当たり前だが、落ちるのは最初だった。

落ちる直前の様子

へりまで来て下を見た瞬間、恐怖で思考が停止する。絶望的な状況だ。だが、足がすくんでるような暇はない。なぜなら、タンデムマスターが容赦なく飛び降りるので、それに繋がってる私も自動的に落ちるしかないからだ。
なんということだろう、上空に飛び出した瞬間、「あ、死んだ」と思った。身体が空中に放り出される不安とはこれほどのものだったのか。そして、顔にかかる空気圧で息が吸えない…!アニメ映画のように美しく落下していくイメージは秒速で崩壊し、後に記録されていた映像には、頬の肉を全て空気圧に持っていかれる男が写っていた。

落下中の私

今回、「死を感じる」という崇高なテーマを事前に掲げていたのだが、実際にそこにあったのは「あああああああああああ!!!!死ぬぅ〜!!!!!!いやだああああああああ!」という、むき出しの感情だけであった。「これが、死……」などという冷静な思考は無く、頭の中には「落ちるううううううう!嫌だあああああああ!」という叫びが充満するのみである。
事前レクチャーの言いつけを守り、手を広げるのが精一杯だ。

どれくらいの時間が経っただろうか。何分間も落ちていた気がするが、実際には数十秒だろう。半分くらい落ちたところで、タンデムマスターがパラシュートを開いた。速度がガクンと落ちる。そういえば、事前に、パラシュートが開く時の衝撃でぎっくり腰になったらどうしよう、と考えていたが、幸いにして腰は大丈夫だった。空中ぎっくり腰、回避である。

だが、パラシュートが開けば安息があるのかと思いきやそうでもない。結構グルングルンと回るし速度も変わるので、いわゆる「フワーッ」という感じではない。「下を見すぎると酔うよ」とマスターが言ったが、その時既に私は酔っていた。

事前の言いつけを守り、私は必死で両手を広げていたのだが、パラシュートが開いたらもうやめてもいいらしい。ちょっと恥ずかしい。マスターが、ハーネスを少しずつ緩めたりして着陸のための準備をし始めたのだが、いつまでも広げられている私の手が邪魔だったようだ。左のハーネスに手をかけろ、という意味でマスターが「左見てください」と言ったのだが、酔った上にテンパった私はガッツリ逆方向の右を向いてしまい、「左!!」と鋭く怒られた。落下中に怒られることなんて、今後の人生でもそうないだろう。

さらにマスターから「着陸の時に足を抱え上げる練習します」との宣言が。まさか空中で練習するとは聞いていない。練習があるなら地上で落ち着いてやっておきたかったがそんなこと言う余裕もない。言われた通りに足を上げてみるが「全然足りない!もっと全力で!怪我しますよ!」と2度目の空中怒られ。
どうやらマスターは私が手を抜いていると思っているようだが、そうではなく、単純に私は体がめちゃくちゃ硬いのである。いつものことだが、私の運動能力の低さは、大抵のコーチの想像を超えている。とはいえマスターにも安全管理の責任があるのだろう。「もう1回!足上げて!せーの!」などと、いよいよ指導に熱が入っていく。

落下しながら必死で足を上げる練習をする私…

もはや空中散歩の楽しさ、あるいは落下の恐怖なども一切なく、私はひたすら「怒られたくない」という一心で、壊れたおもちゃのように足を上げ下げすることになった。足だけでは全然上がらないので、腕で無理やり持ち上げるしかない。だが、いよいよ地面が近づいてきた時、足を抱え上げる練習をしすぎて、段々と腕に力が入らなくなってきているではないか。本末転倒とはこのことだ。最後の死力を振り絞り足を持ち上げ、なんとか着陸成功。
ああ、死なずに済んだ…!

すると、息も絶え絶えの私にいつの間にかタンデムマスターがカメラを向けていた。

マスター「どうでしたか?」

私「むちゃくちゃ怖かったです」

マスター「またやりたいですか?」

私「……1回、家に帰って考えます」

マスター「はい」

またもや超絶つまらないVTRが収録されてしまった!

マスターも、私が将来タンデムマスターになることは無いと確信しただろう。そんなこんなで私の人生初の空中散歩は、前半は死の恐怖に支配され、後半は怒られまくるという結果で終わった。
怒られたことに戸惑いはあるが、マスターだって、命を預かっているのだから仕方なく怒っているのである。私は鈍臭いので、大抵この手のアクティビティでは怒られがちだが、今回も例外ではなかったようだ。まあ、すんごい楽しかったわけではないが、本来の目的は達成できたと言える。死の恐怖を身近に感じることができたし、空中で怒られるという非日常によって「地上で怒られた方がまだマシ」という新しい発見を得られたからだ。
大地は本当にありがたいよ。今なら心を込めて「大地讃頌」を歌える。中学の卒業式で歌わされた時は意味わかんなすぎて嫌だったが、今なら泣きながら歌える。

落下後、大地を賛頌する私

ちなみに、私の後に降りてきたKくんに感想を聞いたら、「最高です!天使になったみたいでした!」と言っていた。人によって感想が真逆なのである。やってみないと向き不向きがわからないのだから、やはり一度はやるべき体験なのだろう。
ちなみに私はこの日以来、高所恐怖症になった。