手羽作文

備忘録と反省文を兼ねて書くブログ

ハリウッド映画祭参加日誌 〜ハリウッドルーズベルトホテルに着くまで〜

成田発、ロサンゼルス行きの飛行機の中でこの文章を書いている。17時に成田を出発して、既に4時間が経過した。機内は消灯、闇に包まれているが、私は眠れないため、この文章を書いている。夜型の生活を送る私にとって、21時はまだ昼下がりのようなものだ。そういう意味では、生活サイクルは既に米国人と同じである。逆に日本基準で見れば、常に時差ボケしているようなものだ。その状態で今までやってこれたのだから、正しいサイクルに矯正すれば、たちまち天下が取れるのではないだろうか。一度、刑務所にでも入るしかない。

さて、なぜ私がロサンゼルスに向かっているのかというと、「Japan Cuts Hollywood」という映画祭に参加するためだ。その名の通り、ハリウッドで行われる日本映画ばかりを集めた映画祭で、その短編部門で、私が監督した「VR職場」が上映されるのである。

www.youtube.com

www.japancutshollywood.com

なんと会場はハリウッドの中心にある有名な映画館、チャイニーズシアターだ。「アメリカのチャイニーズシアターで日本映画の特集」というのも、ややこしい話だ。「名古屋名物台湾ラーメン アメリカン」を彷彿とさせるが、まあとにかく、自分の作品があのチャイニーズシアターで上映されるのだから、一生の思い出になるだろう、という気持ちで行くことに決めた。どうやらレッドカーペットには篠原涼子さんまで来るようだ。作品募集がかかっていたときはここまで大事になると思っていなかったが、私のような映画初心者の作品を選んでいただいたということは、まあラッキーとでも言うしかない。

 

そんなことで、ハリウッドに行くと決めたはいいものの、私はフリーランスになってから海外に行くのは初めてだ。通信はできるとはいえ、実質5日間、作業が止まることになる。会社員なら、社内の了解が取れていればなんとかなるが、現在の私は大小合わせて約10の仕事を抱えており、それもサイクルの速いネット動画業界であるからして、5日間もあれば締め切りだって沢山あるのである。関係者への周知と、前倒しの作業で、10月はめまいがするほど忙しかった。なるべく自由になりたいと思って選んだフリーランスの道だったが、5日間空けるだけでヘトヘトになってしまうのは果たして自由と言えるのだろうか。休むより仕事してた方がむしろ楽というのは不思議なものである。どうも今回のことで、自分がいかに働きすぎかという実感も出てきた。働きすぎの割には稼げてないような気もする。その辺に一旦冷静になって向き合うのも、今回のアメリカ行きの目的の1つだ。

そんな忙しさと関係があるかどうかは知らないが、8月末にぎっくり腰で救急車で運ばれてから、体調は崩しっぱなしであった。

・外耳炎

扁桃

・目の炎症

・原因不明の咳

・慢性的な胃の不快感

次々に襲って来る「まあまあ辛い」症状の数々。決して仕事を休んだり入院したりするほどではないが、元気でもないという状態だ。毎週何かしらの病院に通う日々。さらに腰痛も予断を許さない状況なので、鍼灸院にも通った。今も、咳は完全には治っていない状態だ。突如として襲ってきた不調の数々に、精神的にも辛い日々が続いた。運が悪いだけならまだいいが、大病の予兆だったら最悪だ。帰国したら健康診断にでも行こう。そんな暇があればの話だが。いや、時間は作るんだ。書きながら自分に言い聞かせている。

何しろ今年に入って既に2回も爆発した腰を抱えての10時間フライトである。数日前には鍼灸院で全身に針を打って十分なメンテナンスを施してきた。仕組みはよくわからないが、施術後にわかりやすく痛みが軽減されるので信頼している。だが、それでも10時間フライトに対しては、全くもって不安しかない。ここを乗り切っても帰りだってある。我が腰は負債をため込んだ後、予兆などなく突然爆発するのだ、ある意味、私と性格が似ている。

久々の成田空港だった。ターミナルには、季節を先取りしてクリスマスの飾り付けがされていたが、雑な和洋折衷サンタが多数設置してあり、旅行客たちの記念撮影スポットになっていた。

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国際線ロビーに設置された、狂気のサンタたち

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忍者サンタは窒息しているようにしか見えない

空港でも仕事を2つ片付けた。搭乗ゲートでもまだメールを打っている。そんなこんなでガイドブックは買ったが読んでおらず、英会話フレーズ集もお守りがわりに買ったが全く読んでいない。4年前のスリランカ旅行で英語力を身につけることを誓ったはずだったが、喉元過ぎればなんとやらで、スリランカの大仏にも呆れられているだろう。だが、今回旅のお守りはもう1つある。自動翻訳機のili(イリー)である。なんと日本語で話しかければ自動で英語に翻訳してくれるという。ついに新時代の幕開けだ。頑なに英語力を身につけなかったからこそ受けられる最新技術の恩恵だ。そんなわけで慌ただしく貸し出し手続き、仕事に追われたあと、機上の人になったのだった。もはやネットは繋がらない。忘れていた仕事があってももうどうしようもない。

ちなみに今回はJALなので、機内の言語コミュニケーションは安心だ。一通り、正面のモニターのコンテンツをチェックする。映画、バラエティなど様々だ。結構最新作まである。なぜか千鳥の「相席食堂」と「アメトーーク」が1エピソードずつ収録されている。ゲームは非常にシンプルで、将棋やリバーシなどの基礎的なものしかない。もうちょっと充実しても良いような気がするがどうだろう。スリランカのカエルが石を吐き出すゲームはやはりJALにはないようだ。

久々にテトリスをやってみる。ひたすら石を積んでいく作業……ソビエト風の音楽……頭の中に「労働」という文字が出てきてやめた。とにかく、まだ脳が疲れているのだろう。「アメトーーク」でも見ようじゃないか。まだ先は長いのだから。

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【数時間後】

 

あと1時間で到着するとのこと。日本時間でまもなく深夜3時になる。普段だったらこれから寝るような時間だ。アメリカでは朝の10時らしい。よく考えたら、昼夜逆転でも、全然アメリカには合ってなかった。むしろ真逆だった。そろそろ眠くなってきた頭で、私のハリウッド一人旅が始まろうとしている。不安でいっぱいだ。

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機内での朝食は吉野家。もちろん美味いが、わざわざ空の上で食う意味があるのかは不明

何だかんだで到着は2時間ほど遅れたらしい。現地時間AM12:00、私はロサンゼルスに降り立った。日本の深夜5時。めちゃくちゃ眠い。いつもならちょうど就寝している時間であった。まあとにかく、これからは異国なのだ。油断は禁物である。

出国審査には巨大な行列ができていた。何重にも折りたたまれた行列が続いている。窓口は少ししか空いていない。行列は全く進まない。これは、1時間はゆうにかかるのではないだろうか。私は行列に並ぶのが苦手だ。しかし、無力な私はその暴力的な行列に並ぶしかないのである。人種も様々な人々がおとなしく列を作っている。例えば戦時中に亡命した人たちとか、難民の人たちとか、きっとこういう行列に気が遠くなるほど並んだだろう。ついそんなことを連想した。旅慣れていない私は10:00に飛行機がつく予定と聞いて、15:00にホテルにチェックインするまでの5時間で、どこか見に行けるのではないか、と考えていた。甘かった。13:00をすぎても、私はまだ入国審査の列に並んでいた。

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自由の国アメリカへの第一歩は不自由な入国審査から始まった

入国審査をやっとの事で通過すると、ロサンゼルスの強い日差しが目に入ってくる。これがアメリカ合衆国第2の都市、ロサンゼルスの日差しか。ロスと呼べば外国人には通じず、LAと呼べばなんか気取った感じになる、あのロサンゼルスである。何となく、ローラがよく行ってるような、もしかして住んでたっけ?みたいな、そんなイメージがある。

超がつくほどの快晴だった。というか、一年中この天気らしい。日差しは強いが、乾燥しているので不快ではない。まさに聞いていた通りのアメリカ西海岸だった。タクシー乗り場を探したが、なかなか見つからない。どうもロサンゼルスの移動は今やUberが完全に主役になり、タクシーはあまり走っていないらしい。Uberに乗ってみるのもこの旅の目標の1つではあるが、いきなりここでトライするほどの勇気はない。何となく、プロであるタクシーの方が安全なのではと思ってしまう。しばらくウロウロしていると、バスの前でおじさんが「Taxi!」と叫んでいる。どうもタクシー乗り場に行くためにはシャトルバスに乗らなければならないと言っているようだ。

シャトルバスに乗ってみた。飛行機を降りた時には周りにたくさんいた日本人たちはいつの間にかいなくなり、満員のバスの中に日本人は私1人だった。黒人、白人、アラブ人、でかい人、小さい人、スキンヘッド、アフロ。これがアメリカか。教科書に出てきた「人種のるつぼ」という言葉が記憶の彼方から蘇る。「いや、そもそも”るつぼ”を知らねえから!」というツッコミでお馴染みのあの言葉。例えとして成立していない言葉。学生当時は何かバカにしていたが、何十年か越しでようやく実感する。

「人種のるつぼってこれか」

“るつぼ”の意味は今だに知らないけど。

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ロサンゼルス国際空港にはUber乗り場が正式に設置されている。

果たしてシャトルバスは予想通り私をタクシー乗り場へと連れて行ってくれた。ようやくタクシーに乗れた。ついに空港脱出である。タクシー運転手に、滞在先である「ハリウッドルーズベルトホテル」の名前を告げる。タクシーは走り出した。早速だが、魔法の翻訳機「ili」を使ってみる。

「私は日本人です」I am Japanese

通じた。別に翻訳してもらわなくてもこれくらいは自分で言えばいいのだが、とりあえず使ってみたかったのだ。

「ホテルまでどれくらいですか?」

通じた。しばらく使った結果「ili」の打率は大体7割くらいだった。たまに通じないこともある。

「この街でオススメの食べ物はありますか?」

と聞いたときは、タクシーが突然近くのファーストフード店に入りそうになったので、運転手のおじさんに、慌てて「NO!NO!」と伝える。「この店は嫌なのかい?」的なことを言ってるので、「そうじゃなく、別に今食べたいわけじゃない。ホテルに行ってくれ」と身振り手振りで伝えることに。これはiliが悪いのだろうか。それともおじさんが早とちりなのだろうか。ただ、もうそこまで行くとiliを介すのが面倒になってきたため、iliはお守り的にジャケットの胸ポケットに入れ、結局自力のカタコト英語で会話することになった。運転手のおじさんは60代だが、30年前にロシアのモスクワから移住してきたらしい。やはりここでも人種のるつぼである。ということは30代で移住してきたということじゃないか。自分が今からアメリカに移住することなど考えられるだろうか。「なぜ移住したのか?」と聞いてみたが、おじさんの回答は私のリスニング能力の限界により聞き取れなかった。おじさんに、改めてオススメのグルメを聞いてみる。「ハンブルゲン」と言っている。「ハンバーガー」のことだと気づくまでに少し時間がかかった。「インアンドアウトバーガー」というのがおすすめだそうだ。「日本食は食べるか?」と聞いてみた。あまり食べないらしい。寿司とか、食べないのか聞いてみると、「俺は生の魚は食べない」と強い口調で語った。「魚を釣る。切る。BBQ。最高だぜ」と何度も言っていた。とにかく火を通したい人なのだ。「日本人は馬だって火を通さずに食べる」と言ってみたかったが、なんか引かれそうなので、言えなかった。

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タクシー車内から見たロサンゼルス

車窓からロサンゼルスの景色を見ているうちに、私はこの町の巨大さが徐々に分かってきた。基本的にはどんな通りでも4車線以上あるし、道路は真っ直ぐで、結構スピードを出すのだが、街並みはどこまでも続いている。何もかもが密集している東京とはまるで違う。ロサンゼルスにはセブンイレブンが沢山あったが、これだけ街が広ければあの悪名高き近隣出店もできないだろう。私がセブンを見つけて驚いていると、運転手のおじさんがやや得意げに「7時から11時まで開いてるからセブンイレブンって言うんだぜ」と言った。知ってるよ。日本でもその話は有名だよ。

ちなみに、後日現地在住の日本人にセブンの話題を振ってみると、「日本のコンビニみたいに楽しくないよ」と言っていた。コンビニを楽しいと思ったことがなかったので、なかなか新鮮な表現だ。実際にロスのセブンに入ってみると、確かに、食料品が売っているだけの、小さなスーパーのような感じだった。弁当などもなく、パンやサンドイッチ程度だ。そう考えると日本のコンビニは「楽しい」ということなのだろう。些細なところにも「ロード現象」は転がっている。(ロード現象:何でもないようなことが幸せだったと思うこと)

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セブンイレブンがそこら中にある

話が逸れた。ロサンゼルスの巨大さである。それは、道路の広さとか、一軒家の大きさとか、そういうところだけではない。そこらへんの街路樹が大木なのである。このレベルの木、日本だったら御神木だ。下手したら抱きしめて大自然のパワーでももらおうかというレベル。それが、その辺の街路樹として生えている。暗黒大陸に踏み込んだネテロ会長のように「デカすぎる!」と呟いてしまう自分がいた。

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車との対比をご覧いただきたい。デカすぎる…!

一方で巨大な分、高層ビルはあまりないし、空家のようなものも多い。そういう意味では、東京のような「コンクリート・ジャングル」という感じはない。(後日通ったダウンタウンの方はそんな感じだったが)日本の地方都市をスケール2倍にしたような街並みがどこまでも続いているのだ。ロサンゼルス在住の日本人のある人は、「ここは田舎だからね」と言った。確かにそれもわかる気がする。

そんなことを考えていたら、タクシーはホテルについていた。既に15:00を過ぎている。今回泊まる「ハリウッドルーズベルトホテル」はハリウッドのど真ん中、チャイニーズシアターのすぐ前にあり、かつてマリリン・モンローが売り出し中の時に2年間住んでいたという逸話でも知られている。そのため、マリリンの幽霊が出るという噂もあるらしい。実際、ホテルの中には有名人の写真が飾られていた。部屋もバスタブがないこと以外は申し分ない。銭湯をこよなく愛する日本人としては、バスタブのないこの部屋に2年住むのは厳しいと感じてしまうが、マリリンは平気だったのだろう。ちなみに私の眠気はピークに達していた。だが、そこでぐっすり眠るわけにはいかない。17時から人と会う約束があったからだ。

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ベッドに謎の枠がついているが、概ねいい部屋

続く

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ぎっくり腰でついに救急車で運ばれた話(後編)

 

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この、前後編に分けるほどでもない話も、ついに後編に突入した。いよいよ我が家に救急車がやってくる。だがその前に、ぎっくり腰になった経緯を記しておかねばならない。

史上最強のぎっくり腰に見舞われ、ついに救急車を呼ぶことになってしまった私。だが、そこには腰の痛みだけにとどまらない、精神的ダメージがあった。私は、一昨年あたりから、年に1度のペースでぎっくり腰になってきた。この時点で異常だが、私も何も対策を取らなかったわけではない。特に今年の2月に発症してからは、対策に本腰を入れ、

・整体

・ジムでの体幹レーニン

・就寝前・起床後のストレッチ

・腰痛軽減マットレス

という4本の柱で腰痛に立ち向かってきた。かつてない熱量と予算をかけて、腰痛の再発防止に努めてきたのである。その結果が、今回の激痛であった。まさかの、対策を始めた半年後に、史上最速、最悪のぎっくり腰が襲来したのである。私のこの半年の努力をあざ笑うかのように、容赦無く腰の爆弾は爆発した。

しかも全く予兆はなかった。強いて言えば、前日の朝、くしゃみを立て続けにした。だがその時は何ともなく、数時間後から、腰に違和感を感じるようになった。そこで早めに就寝したのである。

起きたら、立てなくなっていた。

重いものを持ち上げようとしたとか、ずっと立ちっぱなしだったとか、そういったわかりやすいきっかけはない。心当たりといえば数時間前のくしゃみしかない。しかし、くしゃみ直後ならまだしも、数時間後に腰が壊れるだろうか?バタフライエフェクト的なこと?

ja.wikipedia.org

 

近づいて来る救急車のサイレンを聞きながら、私は「どうしてこんなことに……」と思わずにはいられなかった。そして、鳴るチャイム。当然出ることはできない。声を出して「どうぞ」と言う。入ってきた4人の救急隊員が見たのは、マットレスに横たわる、半袖ハーフパンツの30男であった。お世辞にも整頓されているとはいえないワンルームの部屋に、計5人の男がいる状態だ。大の男4人も動員して、私は申し訳なさでいっぱいだった。救急隊員の方々は、車椅子を持って生きていた。ルールなのだろう、私に逐一「この荷物どかしていいですか?」と確認を取りながら車椅子を部屋の中まで入れて来る。この散らかった部屋に秩序などない。何だってどかしてくれて構わないのである。

果たして車椅子に乗れるのか、という問題もあったが、先ほどからまさかのロキソニン大活躍による症状軽減が発生しているため、無事に乗り込むことができた。正直、2、3回のたうちまわって苦しむくらいの一幕があったほうが、救急搬送にふさわしい気がする。隊員さん達に仮病を疑われていないだろうか。少し不安になってきた。

何だか、手のかからない患者であることに後ろめたさを感じつつ、私は車椅子で運ばれていく。マンションの1Fエレベーター前では、住民の人たちが私のために足止めを食らっている。めちゃめちゃ恥ずかしい。何しろ私は腰以外は一切健康だし、安静にしている限りでは腰も痛くない。かなり冷静に自分の状況を把握しているのである。目を閉じ、心なしか苦しそうな表情を盛っている自分がいる。救急搬送されるにふさわしい人物を、つい演じてしまっているのである。

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これくらい辛そうな顔を作ってしまった


担架に移しかえられ、救急車に収容された私は、順調に搬送された。運転手がメガホンで「はい、どいてください!左折しまーす」などとアナウンスしている。聞き慣れたセリフだが、私のために発せられているのは初めてだ。「そんなに急がなくても大丈夫ですよ……!」つい言ってしまいそうになる。が、言えないのでせめて苦悶の表情を3割増しで作る私だった。

 そうして私はストレッチャーに乗せられたまま、病院におろされた。ドラマでしか見たことない救命病棟である。江口洋介松嶋菜々子がいる病棟だ。ドラマなら緊急オペでも始まるところだ。

「座薬ですね」

と救命医は言った。今回は緊急オペではなく座薬だった。

そして痛み止めの座薬を入れられた私は、1時間後、ついに生まれたての子鹿くらいには立てるようになり、退院することになった。正直、自力で帰るには心許ない状況だったが、いつまで経っても救命病棟のベッドを占拠するわけにもいかない。あと追加で数時間寝たところで良くなるもんでもない。そして何より、救命病棟のベッドは、もっと、救急な人が使うべきなのだ。

受付で治療費を払い、処方箋をもらう。いざという時のためにテイクアウトでも座薬が処方されている。処方箋を持って薬局に行かねばならない。よろよろと歩き、病院の向かいの薬局に入る。すると、受付の薬剤師に緊張が走った。半袖ハーフパンツの男が突然、非常にゆっくり入店してきたのだから、怖いだろう。警戒心MAXの薬剤師に「ぎっくり腰で……」と伝えると、「ああ!」と半ば安心したような表情で対応してくれた。

薬をもらうと、タクシーに乗り、帰宅した。数時間前に、大の男4人によって担ぎ出されたとは思えない、ただの散らかったワンルームの部屋がそこにあった。救急搬送されても、意外とすぐ戻ってこれるんだなあ。ゆっくりと、非常にゆっくりと横になりながら、私は激しい無力感に浸っていた。

それからしばらくはタクシー生活が続くことになる。出費はバカにならないが、1つ収穫があったとすれば、タクシーの運転手さんに「ぎっくり腰なんですよ」と伝えると、お返しに運転手さんの腰痛エピソードを教えてくれると分かったことだ。タクシー運転手は誰でも、腰痛エピソードを1つは持っているのである。「タクシー運転手の"腰が痛い話"」という番組があれば見てみたいものだ。誰も見なくても、私は見る。

ぎっくり腰でついに救急車で運ばれた話(前編)

この話は記録しておかなければならない。ついに救急車で運ばれてしまった。原因は、長年の宿敵・腰痛である。急性腰痛症、俗にいうぎっくり腰だ。

うだるような8月の朝、目を覚ました私は自分が立てなくなっていることに気づいた。正確には、立とうとすると腰に衝撃的な激痛が走るのだった。ぎっくり腰4回目の私でも、今まで体験したことのないレベルの痛みだ。その痛みは腰の範疇を超え、上半身を硬直させるほどだった。

一番近い感覚は感電だろうか。昔、AD時代にバラエティの感電罰ゲームのシミュレーションを体験したことを思い出した。あれに激痛が追加されている。

何かの夢かもしれない。

一旦起き上がるのを諦めて、しばらく寝てみた。起き上がろうとする。激痛。やはり激痛である。腹筋運動のようにストレートに起き上がることは不可能。そんな時は、一旦ハイハイからの徐々に起立がセオリーだ。いわゆる、腰痛持ちの奥義、「人類の進化」である。だが、人類の進化も激痛に阻まれた。進化失敗、人類は未だサル未満である。

結論:これは通常の腰痛ではない。

既に1時間が経過していた。

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人類の進化は腰痛によって阻まれた

度重なる激痛に、精神も疲弊していく。このままでは、永久にここに横たわっていることになる。ブッダか。わしゃ桜の木の下のブッダか。悟りとは程遠い心境で考えた。木曜日である。休日ならもうしばらく様子を見ても良いが、そういうわけにもいかない。夜には外せない打ち合わせもある。枕元のお守り代わりのロキソニンも飲んでみたが効果がない。

救急車しかないだろうか……

腰以外は完璧に健康体の私だ。果たして救急車を呼ぶに値する症状なのだろうか。救急車って、もっと、こう、救急の人が運ばれるべきなんじゃ……

しばしの葛藤。しかし、葛藤していても仕方ない。そこで私は、スマホで調べ、東京都の救急相談センターに電話してみることにした。

www.tfd.metro.tokyo.jp

まさかの音声ガイダンスだった。自分で作った映画を自分で体験する日がくるとは……

www.youtube.com

流石に映画ほどのガイダンスのボリュームはなく、2回のプッシュで担当の看護師さんにつながった。症状を説明する。

「救急車ですね」

あっさり結論が出た。こうして私は人生初の救急搬送が決定してしまったのだ。看護師さんに住所を伝える。

「鍵、開けられますか?」

「ちょっと分かりませんが、頑張ります。もし、開けられなかったら

「壊すしかありませんね」

それだけは避けたい。

ぎっくり腰で救急搬送だけでも恥ずかしいのに、ドアまで壊されて突入された日にはたまらない。「分かりました」と言って電話を切った。是が非でも鍵を開けなければならない。できるだろうか、ハイハイすらできなかった私に……

私は意を決して再び人類の進化を試みた。慎重に……先ずは足を折りたたんで、スライドさせて……。なんと、できてしまった。意外とあっさり、ハイハイの体勢までできてしまった。もしかして、ロキソニンが今更効いてきたのだろうか。これはこれで困る。このタイミングで症状が軽くなるのも困る。もはや救急車は来るのだ。私は救急搬送にふさわしい病人でなければならない。あるいは、救急車が来るという安心感が私にプラシーボ効果をもたらしたのだろうか。

余計なことを考えていても仕方がない。

ハイハイのまま、玄関まで向かう。だが、やや回復したと思ったのもつかの間、途中、何度か例の激痛に襲われ、活動停止する私。乗りたてのエヴァより頻繁に活動停止する私だ。その度にくじけそうになる。いつも何気なく開け閉めしていたドアがなんと遠いことだろうか。

このワンルームの部屋がサハラ砂漠のように感じられる。豪邸に住んでいなかったことに感謝しなければならない。年相応のささやかな暮らしに合掌だ。玄関とキッチンが完全に同じ場所にあるという謎の間取りに感謝だ。ついに鍵を開け、そしてまた布団まで戻る。その歩み、リクガメの如し。亀って偉いよな。このスピード感で万年も生きるのに気が狂わないんだもん。

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フリー素材には「腰痛でハイハイする人のイラスト」というのもある

そうして私が再び横たわった頃、遠くから救急車のサイレンが近づいてきた。今までの人生で、何度この音を聞いたことだろう。だが、今までと決定的に違うのは、この音が、私を目指して近づいてきているということだ。

当の私だけが、それを知っている。

天井が、いつもより高く感じた。

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なりました。

白桃

人間が人工的に作り出す香料の中で一番レベルが高いのは「白桃」だと思う。最近はいよいよ、皮と果肉の境目の微妙な甘酸っぱさまで再現してないだろうか。ここまできたら、そろそろ実物の桃も作れるのではないだろうか。

桃香料開発の人よ。あなたは香り界に収まらない実力の持ち主なのだ。自信を持って羽ばたいて欲しい。

 

痩せたて

銭湯で、まだ若いのに身体中の皮がダルダルな、「最近、急激に痩せたっぽい人」を見てしまった。

テンション上がった。

 

舵をとれ

カラオケに、長渕剛の「captain of the ship」のショートバージョンというのがあったので歌ってみた。11分の曲が6分になっていた。

きっとカラオケ製作者なりに、舵を取ったのだ。

 

狂ったAI

PCの変換機能が最近おかしくなり、「ヨネオカ」と打つと勝手に「むらい」に変換するという暴挙に出始めた。誰なんだ、村井って…。米岡とどういう関係なんだ。

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なりました。

カップルが成立した時、はにかみながら「私たち、付き合うことになりました(照)」と報告する輩がいる。私のような屁理屈人間には「なりました」の意味が分からない。「なりました」ってまるで不可抗力で決まったような言い草だが、どっちかが告白してどっちかがOKしたんだろう!?それは自由意志なんだから正しくは「付き合うことにしました」だろう!何を照れ隠しに「なりました」を使うなバカ野郎!

「今年で30歳になりました」「すっかり秋になりました」「私は有罪になりました」「社長の一存でA案になりました」「やっぱり気が変わってB案になりました」などの不可抗力な現象とは別物なのである。気をつけて欲しい。

 

こういうこと言えば言うほどモテない。

親切の成立

親切の成立

電車でぼーっとスマホを見ていた。目的の駅は次だ。あと数分で降りるというところで、目の前に赤ちゃんを抱えたお母さんが立っていた。

私は、一瞬迷った。

あと数分でどちらにせよ席を立つ。あえて譲って善人ヅラするのもどうなんだろう。だが、この場合の最悪のケースとしては、私の隣に座っている50代くらいのおばさんが、私より先に席を譲ってしまうことだ。“子連れに席を譲らないどころかおばさんに席を譲らせて知らんふりの大バカ極悪男性”になってしまう。

それは避けたい。

私は席を立った。すると、お母さんは「大丈夫です。次で降りるので」と言うではないか。席を譲りに行って断られることほど恥ずかしいことはない。親切と遠慮の間に発生する真空ポケットに落ちると、気まずい上に容易には抜け出せないのだ。(これが、いつも私が席を譲る前に一瞬迷ってしまう理由だ)

だがもう後には引けない。

私はとっさに「僕も次降りるので」と言った。だから何だ、という発言だ。だが、私の鬼気迫る顔に気圧されたのか、お母さんは「じゃあ…」と言って、空いた席に、近くにいたもう1人の子供(幼稚園児くらい)をそこに座らせた。

何とかギリギリ成立した私の親切だったが、数分後、電車は駅に到着し、私、お母さん、その子供達は皆、ぞろぞろと降りたのだった。

あの時間は何だったのだろう。

 

署名

最近多いのだが、携帯の契約の時などに、タブレットに電子ペンみたいなやつで署名するやつ。幼稚園児かっていうくらいものすごく下手な字になるのだが、あれ意味あるのだろうか。

あとで「これ、あなたの字ですよね?」と言われても何とも言えない。

 

しみじみ

水野晴郎のように「いやあ、組織って本当に恐ろしいもんですね」と言ってみる。

少しは和むだろうか

 

絶叫

スマホの音量設定をマックスにしていたことを忘れて、そのまま適当に音楽を再生してしまった。鼓膜に「ヌォオオオムオァアアクラアアアアアイ!!!」と絶叫が突き刺さる。

D51の「NO MORE CRY」だった。

泣くわ、こんなもん。

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