手羽作文

備忘録と反省文を兼ねて書くブログ

スリランカ旅行記③「本場のアーユルヴェーダ」

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こうして謎のオプショナルツアーから戻ってきた私とガイドさんだったが、その時点でまだ17時くらいであった。夕方である。するとガイドさんから、「アーユルヴェーダやってみる?」という提案があった。「アーユルヴェーダ」とはインド版のオイルマッサージのようなもので、美容と健康に良く、スリランカは本場なのだ。「アーユルヴェーダ」の施術を受けるためだけのツアーもあるほどだ。私も、一応なんとなくは知っていたが、美容に興味があるわけでもないので特に受ける予定はなかった。しかし、こう時間が余ってしまっては、せっかくなので体験してみようかという気持ちにもなってくる。ガイドのおじさんに参加する旨を伝えると、これもオプショナルツアーだった。商売上手なガイドさんである。1人しか参加していないツアーでも、こうして少しずつ利益を出していくのだろう。

そうして連れて行ってもらったのは、森の中にある大きめの木造施設だった。中に入ると、欧米のマダムでごった返している。どうやら人気のアーユルヴェーダ施設らしい。欧米のマダムでごった返している待合室にいる自分の場違いさは気になったが、それだけ人気なら受けて損はなさそうである。

やがて私の番が来て、係の少年に誘導されて個室のようなところへ連れていかれる。もうガイドさんはいないので、お互い片言の英語であるが、少年も私と同じく英語があまり喋れない様子である。どうやら服は全て脱がなければならないようだ。脱衣が済んだところで、タオルをかけられ、マッサージ開始となった。聞いてはいたが、頭からとにかく何回も油をかけられるのだ。正直気持ち悪い。しかし、この油にインド文明の神秘が詰まっているのかと思うとありがたいような気もする。全身油まみれになった私は、そのまま廊下を移動し、謎の草が敷き詰められた狭い部屋に連れてこられた。すると、少年は、「ここで待て」というようなことを言い残し、ドアを閉めて出て行ってしまった。

しばらくして、ぼーっと待っていた私は仰天することになる。

なんと壁や床など四方八方から煙が出てくるではないか。例によって「毒ガスだったらどうしよう」と思ってしまうビビリの私だったが、もはや油まみれで全裸の人間は無力である。そうこうしている間にも、煙は部屋の中に充満していき、もはや自分の手も見えないくらいの濃霧状態になってしまった。これは本当に正常なメニューなのだろうか。仮にここで煙のようなものを浴びるというのが施術の一部だとしても、この煙の量は出過ぎじゃないだろうか。少し息苦しい気もする。「アーユルヴェーダ中の事故で邦人死亡」というニュース映像が目に浮かぶ。普段そんなキャラじゃないだけに、知人に「あいつ、スリランカに行くほどアーユルヴェーダに興味があったんだな」などと思われるのも辛い。ましてやこの施設が、この煙で旅行者の気を失わせてどこか中東にでも売りさばく「スリランカ人身売買の拠点」かもしれないのだ。死ぬよりも辛いことになる可能性もある。悪い想像がどんどん一人歩きし、もはやリラックスどころか緊張の局地に達してしまう私だった。

幸いにも悪い想像は杞憂に終わり、おそらく15分くらい経ったところで煙も引き、少年が迎えに来た。人身売買ではなかったのである。外に出られるというだけで生き返った心地がした。暑苦しいスリランカの空気も、爽やかに感じられる。こうしてシャワーを浴びて全メニューが終了した。アーユルヴェーダ、決して悪いものではないと思うが、施述の説明を事前に受けた方がいいのは確かである。外に出ると、ガイドのおじさんが、例によってホットティーを用意して待っていてくれた。熱い。熱いが、生きて戻れた喜びを噛み締めながら飲むホットティーは格別である。

その日はすっかり夜になり、私は2日目のホテルへ送ってもらい、解散した。そこから急な雷雨に停電などもあり、しみじみ「日本はありがたいな」と噛みしめる。スリランカでは、暑いからって冷たい飲み物がどこでも飲めるとは限らないのだ。

そんな時、衝撃のニュースが私のスマホに届くことになる。

2015年4月25日のネパール大地震の知らせであった。

まさかの、スリランカと並んで旅先の最終候補であったネパールで、約9000人が死亡するという大地震が起きていたのである。もしあの時ネパールを選んでいたら、たった3日の旅行の中日に地震に直撃していたことになる。私は本当に生きて帰れなかったかもしれない。